Notting Hill Carnival
2005年8月28日 さすらい〜股旅
昨日は長旅で疲れたせいか、時差ボケなのか早く寝てしまった。
さらにそのおかげで朝5時ぐらいに目が覚めた。
でもそんな時間に起きていっても迷惑なので、ベッドの中でモゾモゾして結局8時ぐらいに起きた。
下に降りていくと、リビングに見知らぬ日本人がいた。
どうやら昨日ホストマザーのMaryが、日本人がどうのこうの言っていたのはこの人のことらしい。
Japaneseがどうたらこうたら言っていたのはわかったんだけど、てっきりこの近くにホームステイしてるんだと思っていたら、この家のことだったらしい。
Yoshiさんという日本の大学生で、夏休みを利用して1ヶ月留学していたらしい。
俺と入れ違いでこの家を出ていくところだったみたいだ。このあとスペインとイタリアを回って日本に帰るところだった。羨ましい!!
Yoshiさんのおかげで家のルールを教えてもらうことができた。
特にルールらしいものはなかった。洋服は週末に洗濯してもらえるみたいだし、特に外出に関しても言われることはないみたい。
そうこうしているとMaryが帰ってきて、Yoshiさんを近くの駅まで送っていくようだった。
その際、「あなたNotting Hill Carnivalに行ってきなさい!」と言われた。
なんのことかわからない
「私の母親の所に中国人が滞在しているのよ、その子がNotting Hill Carnivalに行きたいんだって、だからあなたも一緒に行ってきたら?」と言っているらしかった。
よく理解できないでいると。
中国人がやってきた。Yoshiさんに助け船を出してもらおうとしていると
Yoshiさんは途中ですまなそうにMaryと出ていったしまった。
中国人(名前忘れた…)もなんだかわからない顔をしていて、「迷惑だった俺一人で行きますよ。」
みたいな感じだったので、せっかくだから一緒に着いていくことにした。
まったく英語のできない俺がいることでかなり困った顔の中国人
(たしかFei君)
Tubeの切符の買い方から乗り方から親切に教えてくれた。
Notting Hillに着くと人がいっぱいで、まだCarnivalは始まっていないようだけど、かなり熱気むんむん。
Carnivalの通るであろう通に向かって人が歩いていたので着いていくことに。
するとものすごい数の屋台があって、音楽がガンガンに流れていてもうすでに踊り狂っている人もいてビックリした。
しばらくすると通の奥からCarnivalの一団がやってきた。
迫力があるわ、浅草のより(笑)
でも、なんとなく単発で、もっといっぱい行列がやってくるのかと思ったら、ポツポツやってきた。
途中で屋台でお昼と買って食べた。カリブ料理?チキンとライスが美味しかった。
Fai君はCarnivalが来るたびに携帯を取りだして、写真を撮っていた。
「これ、いいでしょ?写真も撮れるんだよ!SONYだぜ!」と俺に自慢げに見せてくれた。(笑)
夕方になって、そろそろ帰ろうかということになって家に帰ることに。
Fai君かなりお疲れの様子。俺が英語ができないばかりに彼に負担をかけてしまった…。すまない…。
家に帰るとRenanが庭で何かを書いていた。
何を書いているのかと聞くと
「小説さ、核戦争後の世界を題材にした物語なのさ。マッドマックスって映画知ってるかい?あんな感じのさ」
Renanカッケー
何からなにまでカッケー
(あとあとわかったことだけどRenanは20歳なのだ。見た目どうみても25,6ぐらいの落ち着き)
そのあと片言ながらRenanとロック談義をした。
彼は昔のロックが大好きらしい。
GunsやSKID ROW,VAN HALEN,Queenなどなど
多少俺も知っている名前だったのでなんとか会話ができた。
部屋に戻るって部屋のドアをしめると、ドアが開かなくなった。
しばらく開けようとドアと格闘していたが、まるで開かない。
しかたがないので、庭にいるRenanに「Help me!!」と叫ぶと
Renanが駆けつけてドアを開けてくれた。ちょうどMaryが帰ってきたところで
「このドアは閉めてはだめなのよ」と教えてくれた。
イギリスの家は、リフォームをくり返すようで、ドアなどはものすごい隙間があいていたりする。
俺の部屋もたぶんMaryが自分で壁の色を塗ったのか、天井に塗ったペンキがはねていたりしてなんだかおもしろかった。
しかも鮮やかなピンク色だし…(笑)
夕食の支度をしているMaryが「今日は楽しかった?」と聞いてきたので
「とても楽しかった」と答えた。
そのあとあまりに英語ができない俺を見かねたMaryが子供向けの絵本を俺に貸してくれた。
英語が少しでもできるようになりたい。
さらにそのおかげで朝5時ぐらいに目が覚めた。
でもそんな時間に起きていっても迷惑なので、ベッドの中でモゾモゾして結局8時ぐらいに起きた。
下に降りていくと、リビングに見知らぬ日本人がいた。
どうやら昨日ホストマザーのMaryが、日本人がどうのこうの言っていたのはこの人のことらしい。
Japaneseがどうたらこうたら言っていたのはわかったんだけど、てっきりこの近くにホームステイしてるんだと思っていたら、この家のことだったらしい。
Yoshiさんという日本の大学生で、夏休みを利用して1ヶ月留学していたらしい。
俺と入れ違いでこの家を出ていくところだったみたいだ。このあとスペインとイタリアを回って日本に帰るところだった。羨ましい!!
Yoshiさんのおかげで家のルールを教えてもらうことができた。
特にルールらしいものはなかった。洋服は週末に洗濯してもらえるみたいだし、特に外出に関しても言われることはないみたい。
そうこうしているとMaryが帰ってきて、Yoshiさんを近くの駅まで送っていくようだった。
その際、「あなたNotting Hill Carnivalに行ってきなさい!」と言われた。
なんのことかわからない
「私の母親の所に中国人が滞在しているのよ、その子がNotting Hill Carnivalに行きたいんだって、だからあなたも一緒に行ってきたら?」と言っているらしかった。
よく理解できないでいると。
中国人がやってきた。Yoshiさんに助け船を出してもらおうとしていると
Yoshiさんは途中ですまなそうにMaryと出ていったしまった。
中国人(名前忘れた…)もなんだかわからない顔をしていて、「迷惑だった俺一人で行きますよ。」
みたいな感じだったので、せっかくだから一緒に着いていくことにした。
まったく英語のできない俺がいることでかなり困った顔の中国人
(たしかFei君)
Tubeの切符の買い方から乗り方から親切に教えてくれた。
Notting Hillに着くと人がいっぱいで、まだCarnivalは始まっていないようだけど、かなり熱気むんむん。
Carnivalの通るであろう通に向かって人が歩いていたので着いていくことに。
するとものすごい数の屋台があって、音楽がガンガンに流れていてもうすでに踊り狂っている人もいてビックリした。
しばらくすると通の奥からCarnivalの一団がやってきた。
迫力があるわ、浅草のより(笑)
でも、なんとなく単発で、もっといっぱい行列がやってくるのかと思ったら、ポツポツやってきた。
途中で屋台でお昼と買って食べた。カリブ料理?チキンとライスが美味しかった。
Fai君はCarnivalが来るたびに携帯を取りだして、写真を撮っていた。
「これ、いいでしょ?写真も撮れるんだよ!SONYだぜ!」と俺に自慢げに見せてくれた。(笑)
夕方になって、そろそろ帰ろうかということになって家に帰ることに。
Fai君かなりお疲れの様子。俺が英語ができないばかりに彼に負担をかけてしまった…。すまない…。
家に帰るとRenanが庭で何かを書いていた。
何を書いているのかと聞くと
「小説さ、核戦争後の世界を題材にした物語なのさ。マッドマックスって映画知ってるかい?あんな感じのさ」
Renanカッケー
何からなにまでカッケー
(あとあとわかったことだけどRenanは20歳なのだ。見た目どうみても25,6ぐらいの落ち着き)
そのあと片言ながらRenanとロック談義をした。
彼は昔のロックが大好きらしい。
GunsやSKID ROW,VAN HALEN,Queenなどなど
多少俺も知っている名前だったのでなんとか会話ができた。
部屋に戻るって部屋のドアをしめると、ドアが開かなくなった。
しばらく開けようとドアと格闘していたが、まるで開かない。
しかたがないので、庭にいるRenanに「Help me!!」と叫ぶと
Renanが駆けつけてドアを開けてくれた。ちょうどMaryが帰ってきたところで
「このドアは閉めてはだめなのよ」と教えてくれた。
イギリスの家は、リフォームをくり返すようで、ドアなどはものすごい隙間があいていたりする。
俺の部屋もたぶんMaryが自分で壁の色を塗ったのか、天井に塗ったペンキがはねていたりしてなんだかおもしろかった。
しかも鮮やかなピンク色だし…(笑)
夕食の支度をしているMaryが「今日は楽しかった?」と聞いてきたので
「とても楽しかった」と答えた。
そのあとあまりに英語ができない俺を見かねたMaryが子供向けの絵本を俺に貸してくれた。
英語が少しでもできるようになりたい。
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